農地転用申請を行う際、自治体によっては「隣接農地耕作者の同意書」などの提出を求められることがあります。
この「同意書」は、農地転用について相談を受ける中でも、しばしば問題になる書類の一つです。
「隣の農地の所有者から同意をもらえなければ、農地転用はできないのでしょうか?」
という疑問を持たれる方もいるでしょう。
しかし、隣接農地の所有者や耕作者の同意書は、それ自体が全国一律に農地法上要求される許可要件というわけではありません。
実際、自治体によって同意書の取扱いには違いがあり、申請時に提出を求める自治体もあれば、必ずしも提出を求めない自治体もあります。
では、なぜこのような同意書が求められるのでしょうか。
農地転用では「周辺農地への影響」も審査される
農地転用の許可では、単に「この土地を農地以外に使ってもよいか」だけを見ているわけではありません。
転用によって周辺農地の営農条件に支障が生じないか、農業用用排水施設の機能に支障が生じないか、土砂の流出や崩落などが生じるおそれがないか、といった点も審査されます。
たとえば、農地を造成したことによって隣の農地へ雨水が大量に流れ込むようになったり、農業用水路が使用できなくなったりすれば、隣接農地での営農に大きな影響が生じます。
そのため、「隣接農地耕作者の同意書」には、周辺農地への影響を事前に確認し、将来のトラブルを防止するという実務上の意味があると考えられます。
では、民法上はどうなるのか
ここで少し視点を変えて、民法の「所有権」から考えてみましょう。
土地の所有者は、その土地について所有権を持っています。
そして、所有権が他人によって侵害された場合や、侵害される具体的なおそれがある場合には、所有権に基づいてその状態の除去などを求めることができると考えられています。
一般に「物権的請求権」と呼ばれるもので、大きく分けると次のようなものがあります。
①物権的返還請求権
所有者が目的物の占有を失っている場合に、その返還を求めるものです。
②物権的妨害排除請求権
所有権の行使が現に妨害されている場合に、その妨害の除去を求めるものです。
③物権的妨害予防請求権
所有権が侵害される具体的なおそれがある場合に、その侵害を未然に防ぐための措置を求めるものです。
農地転用との関係で特に興味深いのは、③の物権的妨害予防請求権です。
たとえば、隣接地で行われる造成によって大量の雨水や土砂が自分の土地へ流入する具体的なおそれがあるような場合です。
この場合、「農地転用の許可が出ているのだから、隣の土地の所有者は何も言えない」ということにはなりません。
農地法上の許可と、私人間における民法上の権利関係は別の問題だからです。
「同意書が不要」=「隣地を気にしなくてよい」ではない
ここが重要なところです。
仮に、その自治体では「隣接農地耕作者の同意書」を農地転用申請の必須書類としていなかったとします。
だからといって、
「同意書が不要なのだから、隣接地のことは考えなくてもよい」
ということにはなりません。
農地法上の許可を受けることと、隣接土地所有者の民法上の権利を侵害してよいことは、まったく別だからです。
反対に、隣接農地の所有者にも、単に「気に入らない」という理由だけで農地転用そのものを拒否できる一般的な権利があるわけではありません。
物権的妨害予防請求権は、隣接所有者に農地転用についての包括的な「拒否権」を与える制度ではなく、所有権に対する具体的な侵害のおそれが問題となる場面で考えられる権利です。
この区別は重要だと思います。
「耕作者」と「所有者」は同じとは限らない
もう一つ注意したいのが、「隣接農地耕作者の同意書」という名称です。
農地を実際に耕作している人と、その農地を所有している人が同じとは限りません。
農地を借りて耕作している場合もあるからです。
したがって、「隣接農地耕作者の同意書」と「隣接土地所有者の所有権」は、本来まったく同じ問題ではありません。
耕作者について問題となるのは、転用によって実際の営農にどのような影響が生じるかという側面です。
一方、所有者については、その土地について有する所有権などの権利が問題となります。
このことから考えても、隣接農地耕作者の同意書は、単純に「所有者から転用の許可をもらうための書類」と捉えるよりも、周辺農地への影響を確認し、関係者間の紛争を予防するための書類として捉える方が実態に近いのではないでしょうか。
農地転用は「許可が取れれば終わり」ではない
農地転用というと、どうしても「農地法の許可が取れるかどうか」に目が向きます。
もちろん、それは非常に重要です。
しかし、実際に土地を利用するためには、それだけではありません。
隣接地への雨水の流出、土砂の流出、境界、農業用水路、進入路など、周辺土地との関係を整理しなければならないことがあります。
「農地法上、許可されること」
と
「民法上、周囲の権利を侵害しないこと」
は、別の問題です。
隣接農地耕作者の同意書は、この二つの領域が接するところに存在する、非常に興味深い書類だと私は考えています。
同意書が農地法上の必須書類ではない場合であっても、周辺農地への影響を検討する必要がなくなるわけではありません。
農地転用では、許可要件を満たすことだけではなく、転用後も含めて土地を問題なく利用できる状態をつくることが重要です。
その意味でも、農地転用には法律上の要件だけではなく、周辺の土地所有者や耕作者との調整という視点も欠かせないのではないでしょうか。

